「つぶやき?」


 「つぶやき?」 

つぶやいてみました。
「つぶやき?」


お花見お茶会 (2005.4.2)

今日、久々にお茶を点てました。
しかも野点といえるかどうかわからりませんが屋外で。
お花見ついでにお茶も飲んでしまおう、という企画のもと、茶道具一式を積み込み目的地の公園へと
出向きました。
昼前には着いて準備をしていると、徐々にお花見グループが増えてきて昼過ぎにはかなりの数のグループが
盛り上がっていました。
まだ桜の開花には早かったとはいえ、僕もなかなか楽しませていただきました。

久々に食べる和菓子と点てて飲む抹茶。
やっぱり、お茶はいいですね。
また、改めて習いたいな、茶道。

うーん、せっかくだからやっぱりカメラ持っていけばよかったです(j o j)
残念。


仕事完了 (2005.3.31)

実は今日(2005/3/31)で今の職場を辞めてしまいます。
いろいろと考えた結果です。
ここの職場にきて、ほんとにいろいろな事を教えてもらうことができました。
そして、失うこともあったし与えてもらうことや気付かされたことは数えられないほどあります。
色んな人と出会えることも出来たし、いやな人もいるけど、
こんなにもすばらしい人が世の中には多いんだな、
と感じることが出来ました。
色んな人に引き止めの言葉をいただきありがとうございます。
送別会も何回もやって頂いてありがとうございます。
今、言えることはここの職場に来てよかったな、ということです。

ありがとう、みんな。


ハンドルネーム改名します (2005.3.23)

少し前から考えていたのですが、このたび、思いきってやってしまいます。
それは・・・、ハンドルネーム「しだっちょ」の改名です。
改名にいたったのは、ここしばらくの間、僕自身の中で色々なことが起こり、そして変化してきた中で、
僕自身が「しだっちょ」ではなくなってきた感が強くなってきていました。

いろいろと考えた末、今日、思いきってやってしまいます、改名。

新しいハンドルネームは・・・、「ごんしごんしー」です。

このハンドルネームも、いろいろと経緯があってつけたものです。

その話はいずれまたいつか・・・

しだっちょ、今までいろいろとありがとう。
今まで、しだっちょを親しんできて頂いた皆様方、ありがとうございます。

今後とも、ごんしごんしー、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


久々更新 (2005.3.19)

久々、久々、まことに久々の更新です。
日付を見てみれば前の「つぶやき」更新が2003年の夏・・・
その間、いろいろあって今に至ってきております。
メルマガ「日めくり親父ぎゃぐ」も創刊1年半を超え2年を迎えようとしています。
みなさま、ほんとにありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします。<(_ _)>


母の一言 (2003.8.18)

今日の朝、母は田舎(信州、松本方面です)に住んでいる妹さんのところへ電話をしていた。
ちなみに妹さんのところには、最近お孫さんが生まれたそうです。おめでたいなぁ。
さてさて、よく電話の会話を聞いてると・・・



 母:「あなた(妹さん)、孫でまごまごしてるのぉ?・・・はははははっ(爆)」



はい?
今なんて申された?
「孫でまごまご」って空耳かぁ???
母上、どうされた?
母上、ついにあなたもか・・・
いつも、きついことを言うことが多い母上っ!
まさか、母にも親父ぎゃぐが伝染していたとは・・・(大汗)

こうして今日も一日がはじまるのでありました・・・


セミの幼虫 (2003.8.4)

って見たことあります?

よく脱皮したあとの抜け殻は見かけますが、実際に生きている脱皮前のセミの幼虫は見たことありますか〜?
このまえ、初めて(かな?)地面から出てきて、脱皮するために地上を歩き回っているのを見かけました。
その時のおはなし・・・

とある今夏の夕方、

家の外で母がなにかわめいている。
親父さんが何かを家の外で見つけ、その事を私に伝えるべくなにか叫んでいるらしい。
母の叫んでいることをよく聞いてみると・・・


母 「ごんしごんしー〜、アブラムシがたくさんいるわよ〜」

私 「アブラムシ〜?」


アブラムシは農作物に発生するから、私を呼ぶほど我が家では別に珍しいものではない。
なので、しばらくそのまま気にせずにしていたのだが・・・
なぜか気になって、二人がたむろしている場所まで行ってみることにした。

そしたら・・・

そこにいたのは・・・

セミの幼虫だった。しかも脱皮前で脱皮するところを探してウロウロ地上を歩き回っていたのだぁ。

そして、そのセミの幼虫はアブラゼミ・・・だった・・・



アブラゼミとアブラムシ・・・



伝言ゲームみたいだが、親父さんは母に「アブラゼミ」とハッキリと言い、それを聞いた母が「アブラゼミ」と「アブラムシ」の名前を勘違いして、「アブラムシ」と言って私を呼んだのだった。

うーん、たしかに、アブラムシでなくアブラゼミの幼虫が歩いてたら呼ぶよなぁ・・・

最近、我が家では、このような伝言ゲーム状態が多くなってきたかも。
皆、耳が遠くなってきてるからなぁ・・・

ちなみに、アブラムシの幼虫の写真、記念に撮りました。
よろしければご覧下さい。
幼虫とはいっても、やはりグロテスクはグロテスク。
昆虫が苦手の方はおやめになっておいたほうがいいかも・・・

「アブラゼミ写真集」 →        


お金の単位 (2003.8.1)


気がつくと前回の更新から3ヶ月も経ってしまいました(大汗)。
これからもよろしくお願いします。

さて、前回に引き続き、僕の親父さんは大正生まれの親父である。

野良仕事の合間のティータイムでの会話。

話題がたまたま、お葬式からお香典の話になった。


親父さん談

「昔は、一円あればいいほうだったな。」

「5円だしてくれる人なんて滅多にいないかった。」

「普通は、20銭、30銭、50銭くらいだったな。」


一円っていいますが、当時は紙幣ですものね。

その後の話は、戦時中(第二次世界大戦)の木炭バスの話になっていく・・・
木炭バスは長い登り道になると、やはり力がないため登れずに止まってしまったそうです。
そのため、力のある男性の方々は坂道になると皆降りて、後ろから押して坂道を登ったそうです。

とっても時代を感じてしまうティータイムでした。

ちなみに、お酒を飲んだときもそんな話題に突入しやすい・・・


同じ穴のムジナ?(2003.4.27)


僕の親父は大正生まれの親父である。
頑固である。
そんな親父さんと母と僕の3人でとあるデパ地下に行ったときのお話。

母が「食料品を買いたい」と言うのでデパートに行ったついでにデパ地下に立ち寄った。
母の買い物も終わり、さぁ帰ろうかとしたときに、ふと目が止まった洋菓子屋さん!
(ちなみに僕も母も甘い物は大好きだ)
そこで早速買うことになった。
母はトイレに行きたいと言いだしてその場を離れ、残った親父さんと僕が洋菓子を買うことになった。
お店のショーウインドの前までいって品選び。
よし、これとこれとこれだ〜、と選んで店員さんに僕が声をかけようとしたとき、親父さんが僕より先に声をかけていた。
親父さんは「ごんしごんしー、どれだ」と僕に決めた品物を聞き、端から見ると親父さんが買っている光景になった。
そして、お会計と進み、洋菓子なので持ち帰るまでお菓子が溶けないように入れるドライアイスの量を決めるため、店員さんに家までの時間を聞かれた。
店員さんは、まだ10代ぐらいの女性の方で、まだ接客にもまだ不慣れで初々しさが残っていたと思う。


店員 「お時間はどれくらいでしょうか?」

親父 「・・・」

店員 「・・・」

親父 「10時間だぁっ!!!」(やや、声大きめ)

店員 「はぁっ・・・・???????????!」

親父 「10時間だっ、10時間っ!!!

店員 「?!?!?!・・・」(多分もうどうしていいかわからない状態)


僕もそばにいたわけだが、次の瞬間、鼻歌を歌いながら他人の振りをしてしまった(大汗)。
あぁ、不幸な店員さん。
かわいそうな10代くらいの女性の店員さんは、この困った親父さんをどうしていいかわからず、顔が真っ赤になってきた。

そして、一瞬の沈黙・・ははは・・・・

さすがに見かねた僕は、すごすごと恥ずかしそうに親父さんのそばに近寄って、


僕  「30分くらいです」(小声で言いました)

親父 「はっはっはっ〜〜〜!」(もはや一人で大うけ、ははは・・・)

店員 「かしこまりました〜〜〜」(なんじゃそりゃ〜というような顔で、当たり前だよなぁ)」


まだ初々しい店員さんを笑わせたつもりになって高笑いをしながら去る親父さん。
あきれながらその場を笑顔でフォローする僕、好対照な二人である。
店員さん、変なお客さんなんかにめげずに頑張ってくださいね。

この瞬間、ふっと思った。
こんな親父の息子の私って・・・

親父ぎゃぐを連発して周囲から冷ややかな視線を浴びている僕は、「同じ穴のムジナ」、という言葉を連想してしまった。
今の僕は、親父さんの影響を少なからず受けているのか・・・


一人暮らし (2003.4.22)


僕は産まれてこのかた一人暮らしをしたことがない。
今時には珍しい人間かもしれない。
大学時代には一人暮らしなんて夢にも思わなかった。通学に1時間半〜2時間近くかかったのだが、自宅通学を通した。
社会人になってもしばらくは一人暮らしをしよう、なんて全く思わなかった。

今の勤め先になってからようやく強く思うようになって1回は場所まで決めて、2回目はマンスリーマンションを借りたことがあった。 その1回目というのは、さあ本契約というところで僕の持病だったヘルニアが悪化して立てなくなってしまい、みすみす逃すことになる。 2回目はマンスリーマンションを借りたのだが、丁度この時両親と大喧嘩をしてしまい気持ち良く家を出る事が出来ず、さらに仕事でのストレスも一番ひどい時でなにもかもいやになり、数回程度しかいかなかった。

こう考えてみると僕の潜在意識の中に親と自宅と離れたくないという願望があるのだろう。

両親と一緒であればいろいろと楽でもあるし。
僕の家はもともと農業(兼業だけど)で、僕はなんと一人っ子、しかも親が高齢になってからの子供なのでかわいくてしかたない、というのが手にとるように分かる。
そして認めたくない自分がいるのもよく分かる。
僕にとって、とっても大きなコンプレックスになってる。
現実として僕は今までそれに甘えてきたわけだし、それについて僕はなにも言えない。
そんな両親とは、僕が社会人になってから今年の始めくらいまで、だから8〜9年位ずっと喧嘩して、確執があった。

僕はいろいろとんでもない事をして両親にたくさん迷惑をかけてきた。
でもようやくなんとか、今年になってその確執がなくなってきた。
そして、確執がなくなってから感じるようなったことがある。

僕の両親は僕の同世代の年齢の人に比べ高齢なんだと思う。 父はもうすぐ80、母は70歳を過ぎた。
いつポっクリいってもおかしくない歳だと思うのだけど、お陰様で二人とも冗談を言いながら喧嘩しいしい野良仕事をするほど元気だ。
さらに普通だったら孫がいてもおかしくない年齢だが、あいにく僕しかいない。
そして、その僕は信じられないくらい迷惑をかけてきて、親孝行なんかしていないに等しいだろう。

だから、感じるんだ。
いまさら一人暮らししなくたっていいじゃないか、親はいつか死ぬ、僕の親は僕の友人の親よりも恐らく早く死ぬだろう、多分ね。
それならいっそのこと、それまで一緒にいたっていいじゃないか。
無理する事はないんだ。 人が一人暮らしをしてるからって真似することはないんだ。
なにもカッコ悪くないよ。
人は言う、一人暮らしぐらいしなきゃ一人前でないようなことを。
でも、いいじゃないか、一緒にいたって。
いずれ、僕はいやでも一人になるんだ。
両親が亡くなれば一人なのだ。
そうすれば、いやでも一人暮らしの始まりだ。
そうなる前にたくさん一緒にいてもいいんじゃないか?
戦争時の学徒動員で徴兵されていった方々は、家族と一緒にいたくたっていることができず、戦地に連れていかれてしまったのだ。
しかも再び会えるかどうかもわからずに。

お互いに死んでから「もっと一緒にいればよかった」なんて言いたくないよ、お互いにね。
「いつまでも あると思うな 親と金」 とは、良く言ったもんさ。
だから、僕は一緒にいるだろう、両親と、まだ多分・・・
ただ僕にこれから相手が出来たら、どうなるか分からないだろうけど。
でもそれまではね・・・・・・

なんかこんなこと書いてたら涙でてきちゃったよ、なんでだろ、まだ朝だってのに・・・

もしかしたら、いつかどこかで戦争に徴兵され両親に二度と会う事が出来なかった人の生まれ変わりかも・・・
・・・と感じた瞬間、キーボードを叩いてる左手の甲に一匹の小さな甲虫が止まった、
まるで納得させるかのようにね、不思議なこともあるもんだ。


八王子まで行ってきました (2003.4.18)

母が昔の友人達に会いに久々に信州へ行くことになり、八王子まで荷物持ちをする事になりました。
6時半頃家を出て、八王子に着いたのが7時半頃。母が乗るスーパーあずさ乗車まで1時間。
母を見送りその後一人でブラブラして1時間位の計2時間くらいでしょうか、鉄道カメラ小僧をしてきました。
でも本当に久々でした、こんな気持ち。例えれば10年振り3回目の決勝進出、という感じです。
暗黒時代に鉄道の事が嫌いになって、この頃復活してから初めてに近い鉄チャン行動でした。
楽しかった。
八王子って、いい意味で昔ながらの国鉄時代の駅構内の雰囲気を今に伝えるいい駅だと思います。
広い構内、それをまたぐ跨線橋、入れ替えをするDLと待避線に留置されているタンク列車、隣接する機関区と電機等々、時々聞こえる機関車のホイッスル、ひっきりなしにくる通勤列車、その間をぬうように来る特別急行列車等、心が和みます(それは私だけかも)。
こんな光景を見ると、模型で再現したいなぁ、とついつい思ってしまいます。
(こう思うのはいいか悪いかわかりませんが鉄道への情熱の復活の証でしょう)
スーパーあずさ、新型あずさも見れたし、スカ色の115系も見れた。
なんと言ってもそばで入れ替えをするDE10とタンク列車牽引の任につくEF64の重連を拝めたことでしょう。
そして、あのサウンド。
電機特有の発電機と送風機の音(しかも重連)、機関車牽引列車特有の動き出す時の連結器の音、DLのアイドリングと走り出すときのあの「ギャッッギャッギャギャギャギャギャギャ〜ギャ〜〜」というサウンド。
あぁ、気持ちいいぃ(これも私だけかも)、やはりいいなぁ。
そして、以前に東京で撮った寝台特急「瀬戸」号を牽引していたEF651102号機に一瞬ではありますが再会する事が出来たのにはどことなく運命を感じます。
「あぁ、元気でよかったなぁ、これからもボチボチがんばれや」という会話をし、まさに旧友との再会という感じでした。
今回持っていったカメラがデジカメだったのですが、どうしても反応が遅くシャッターチャンスが一瞬遅れてしまうのには相変わらず閉口しました。その場で撮影結果が確認できるのはいいのですが撮影のタイミングが合わないのは命取りです。今度デジカメ買うときには気をつけよう。
それまでは一眼レフで頑張ろう、あの感覚もたまらないしね。


HPがやっと改良できました(2003.4.15)

ようやくホームページがなんとか見られるところまできました。
僕の好きな鉄道やらと、最近色々気になっている健康方面のお話や体験談をおりまぜてぼちぼちやっていきたいと思ってます。 見に来てくれた方ありがとう。

 
 
2003年8月〜2004年4月までの
「補足版 男のフラワーエッセンス日記 & 普通の日記
  〜 ふしぎ & シンクロ & つぶやきなここだけの話仕様 〜」

こちらです。
   

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